妻が突然亡くなりました-7

 以前は聴いていたのに、家内が亡くなってから全く聴かなくなった曲があります。グレン・ミラーの「ムーンライト・セレナーデ」です。この曲は、我々が学生時代から聴いていた曲で、結婚後は夜暇なときに軽くお酒を飲みながらレコードをかけ、これもたまにダンスをすることがありました。家内のご機嫌が良いときですが。この曲を、家内が亡くなってからつい最近まで一度も聴いていないことに気が付きました。

 朝晩の通勤時に Amzon Music をカーオーディオで聴くのですが、たまたまビッグバンドジャズのプレイリストの中にあって、本当に久しぶりに聞きながら、死体発見時の情景がフラッシュバックしてしまいました。

 プロポーズをしたときにかかっていたのが、荒井由美(松任谷由美)の「あの日にかえりたい」で、この曲も全く聴くことはありませんでした。今年は、松任谷由美さんの50周年とかで、FMラジオなどでも楽曲がかかっていますが、この曲は聴くことがありませんでした。ひょっとしたらかかっていても聴こえていなかったのかも知れません。

 音楽は、昔のシーンを思い出すきっかけになります。いまでは、いいこと、楽しかったことだけですけれど。好きな音楽は大事にしてゆきたいです、悪い情景は忘れて。

 2021年11月4日(木曜日)、久しぶりに店長が某組合のゴルフの会に行きました。店長、ゴルフめちゃくちゃ下手なのになぜか会長です。皆さん、どう元気とか声をかけてくれ、でもそれ以上詳しいことは聞かずに、いつも通り、店長のスコアをイジってきました。気を使ってくれてるのよくわかり、ありがたいとおもいました。

 11月6日(土曜日)から7日(日曜日)に泊りがけで、家内の実家にお伺いしました。家内の甥・姪とその家族が集結するということで、今は全く他人になってしまった店長ですが、ご挨拶がてらお伺いすることにしました。ところが数日前に甥の一人から急遽行けなくなったと連絡がありました。こちらはホテルも予約してあったので、義母の顔を見に行くだけの用事でお伺いしました。義母は、二人の娘を亡くしてしまい、義父も15年ほど前に亡くなっていますのでお一人で生活されています。超高齢ではありますが、ヘルパーさんに助けてもらいながらお元気そうでした。表情を見ているだけでは、近い親族が一人もいなくなったこと、言いたいことを言える相手がいなくなったことを、どう思われているのかわかりませんでした。二人の娘が遠方で結婚していましたので、普段から一人での生活をされていて、娘が亡くなっても生活リズムに変化はないので大きな影響はないのかも知れません。ただ、家内が生きているときには週一くらいで電話が来て、あれこれ話し(喧嘩?)をしていました。今は電話はかかってくることはありませんので、やはり意識はされているでしょう。辛いことです。

 このとき、義母のかかりつけのお医者さんに今の状態を聞きに行きました。「親族では無くなられていますが」と前置きしながら、色々お話を聞かせていただきました。そこでお聞きしたお話を、甥や姪、それといつもお世話になっている義父方の親戚(家内の従姉妹)にLINEで連絡を入れました。元気でも超高齢ですので気をつけるに越したことはないと言うような内容です。遠方にいる独居老人の見守りがいかに難しいものか実感しました。店長にも超高齢の実母がいますが、幸い妹が世話をしてくれているので我儘を言いながら幸せに生活できています。これが如何にありがたいことか、同時に進行している状態を見ていて実感します。

 話は全く変わりますが、弊社の決算は9月末です。入出金など各数字が確定するのに1ヶ月程度かかります。毎年ですが、11月頭は伝票チェックや漏れがないかの最終チェックを行いながら決算処理を行い、税理士の先生に取りまとめ申告をお願いしています。今までは家内が細かい伝票など、特に仕入れや経費書類の纏めを行っていましたが、今回は家内が途中までやってくれていたのを引き継いでやりました。なんとか期限までには資料を揃えられましたが、一人でするのは他のことが全くできなくなるので疲れました。

 そんな中、13日(土曜日)に女性社員が遊びに来てくれました。業務担当の方ですが、仕事の内容について色々相談を受けながら食事をし終え、その後、普段気が付かない細かい部分の掃除などしてくれました。ついでに、Webマーケットの作業小屋とか自宅で仕事用に使っている部屋なども見学していました。日頃から細々と気を使ってくれているのでありがたいことです。

 14日(日曜日)、妹と奈良公園に紅葉を見に行きました。奈良公園「猿沢の池」周辺は紅葉スポットなのですが、まだ、この年はちょっと早くてやや色づいてきた程度でした。ボートに乗ったり、出来たての地ビールをのんだり、妹の知り合いのお茶屋さんでお茶の葉っぱを頂いたりして楽しく過ごせました。

 この時期になると、家内が亡くなって5ヶ月で肉体的にも緊張がほぐれてきていますが、逆に毎日の生活のなかで精神的にやや弱ってるなと感じる時期でもありました。自分で弱ってるなと感じるくらいですから、本当の弱るピークは過ぎて回復途上に入った時期であったとはおもいました。

 この14日から27日は仕事でイライラの連続でした。
 まず、家内の親戚の方が昔に亡くなられ、独身だったので持ち家とかの処分が出来ていないので家内にも相続権があるとかでなんとかしてくれというお話が某法務局から連絡がありました。当然、本人が亡くなっているのでどうしようも無いですが、色々説明されて時間取られてイラッとしました。

 次に、店長が理事長を務めさせてもらっている組合で長らく事務局長をしていただいた方が、突然アルツハイマーを発症して何も分からなく成ってしまわれました。毎月、共同購入などでメーカーに大きな金額の支払いがあるのですが、当月出来ていませんでした。仕方ないのでご本人を銀行に連れて行って一緒に振り込み作業をしようとしたのですが、受け答えは普通なのに「何をしに銀行へ?」とか「えーっと」と言うような感じで、全く何も出来ない状態でした。同じ組合員の方に助けてもらいながら、金融機関への挨拶とか担当者の変更、小口現金が必要なときのキャッシュカードの再発行など、こんなスピードでできるんだと驚くほど、ラピッド・スタンバイができました。

 その他にもイベント事が多くて、ぼやく暇もないくらい、つまり嘆き悲しむ暇もないくらい忙しくすることがおおくて、実は元気に成ったりしていました。上の「イライラ」は撤回、余計なことを考えずに元気に脳みそ使えました。

 28日(日曜日)、妹が最終の衣替えのチェックをしがてら来てくれました。その他、もしも僕が死んだときの準備のために、各種書類のありかとかお金の動きなどを聞いてもらいました。子供がないので、法的な受取とかでややこしくならないようにしておかないといけません。その第一歩です。

 2021年11月末は、会社の金銭出納の確認と月末締め処理など、本年度からきちんと自力でやっておかないといけないので、一日一人大騒ぎでした。11月は、仕事も遊びも忙しい月です。特に、いくつか所属している組合のイベントが毎週のようにあります。たまたま、新型コロナ感染症の影響で中止に成ったものもありますが、スケジュールの調整が難しいです。余計なことを考えなくてもいい月だと思えばいいのかも。

 明日(12月1日)は、何時もどおり別会社のリモート会議です。準備も結構大変だったりします。いよいよ次回は年末月になります。初めての一人年末新年を迎えることに成りました。次回纏めて。

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