■人情と行動力の人
 高い志で、多くの人に信頼される
萩尾 千里 関西経済同友会常任幹事事務局長

 「ヤー」。片手を挙げて、あの人懐っこい顔をした折目さんが今にも現れそうな気がしてならない。それほどあっという間に雲が垂れ込み雷鳴と共に去って行ったような死に方だった。

 鋭さに円熟味が加わり、これからこの人でなければ、という本領発揮を迎えての夭折であり、我々友人はいうには及ばず、本人こそが無念であっただろう。

 折目さんとの付き合いは関西ジャーナルの創刊以来である。最初の頃の折目さんは眼光鋭く、こうと思ったら一直線というタイプだった。それが年とともに柔和になり、義理、人情に厚く人の世話、面倒を良くみた。

 折目さんの生まれ、育ちは北海道である。東京を飛び越して西下したのは、立命館大学の先生に心酔してのことだった、と本人から聞いたことがある。歌集を出版したりするお母さんの影響もあったのだろう。人間の生きざまや志、美学などもよく口にした。その信条、姿勢が財界はもとより文化人、行政マンなど多くの人たちの信頼感を得ていた。

 私との関係でとくに印象に残ったのは大阪コレクション。
 「大阪を代表するファッションショーが出来ないだろうか」とコシノヒロコさんの提案で太陽工業の能村龍太郎会長、折目さん、それに私で知恵を絞って作ったのが大阪コレクション。そのコレクションは16年間も盛大に続いているのは偏に折目さんの行動力、人脈、人柄による。

 関西活性化のためこれからもっと多彩な企画、言論活動を期待していたのに惜しまれてならない。
 
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