第四十一回 健康保険制度改革

効率優先の医療費抑制は病者心理を無視


(イラスト:Yurie Okada)

 新年早々から新聞には医療過誤訴訟やら診療報酬不正請求やらの報道が散見され、医療界に対する風当たりは益々強くなる雲行きだ。日本全国何時でも何処でも誰でも、平等に必要な医療が受けられることを目指した健康保険制度は、世界最高の寿命を実現してその存在価値を示してきたが、人口構成の少子高齢化の進展に伴い、確かに数々の不具合が生じており、従来の常識にとらわれない新たな枠組み造りが急務になってきた。

 この状況下で、個々の医院、病院はその将来像を描くことが非常に難しくなってきており、小生の病院も対応に苦慮している。真に良質の医療を実現しようとの配慮の下に改革が進められるなら積極的に協力しなければならないが、現在前代未聞の強引な政治手法で進められているものは、財務省主導で財政悪化のしわ寄せを抵抗力のない医療・福祉の分野に対して行っているだけだ。

 頼りの経済界は全体のムードとしてはまだまだ暗く、展望の開けない状況のようだが、個別の企業の活動を見ると、従来の常識にとらわれない発想の転換で新たな事業展開をして成功を収めつつあるところも多くなってきているとのこと。

 正月休みのテレビ番組からの情報だが、成功の秘訣の一つは、国内では元気な老人たちを対象にした事業を創造すること、国外ではアジアの各地に積極的に進出して、新たな需要を生み出すことのようだ。
 ある新興の旅行会社は豊かな時間とお金、知的好奇心の強い高齢者を対象にした海外パック旅行を提供して好評を博し、多くの常連客を獲得しているという。またある音楽関係の会社では高齢者だけの音楽教室を開いて、生活の楽しみ、向上心の満足、人々の交流を生み出して喜ばれているという。

 成功者たちが共通して強調するのは、従来の成功体験を捨て、また古い常識を捨てて、新しい常識、アイデアを生み出す頭脳の柔軟さだ。目先の利益を追わず、また過度に理に走らず、志をしっかり持つことが大事だと言う人もいる。小生には、楽しさ・健康・人との交流、この3つが21世紀の日本社会のキーワードという話が印象に残った。

 健康とは血液検査をして異常項目が無いということではない。大事なことは、生き甲斐を持って楽しく生活し、生のエネルギーが尽きた時にはスパゲッティ人間にされたりせず、自然死を選ぶことだ、と思っている。

 コレステロール値が高かろうが尿酸が高かろうが、心電図に多少の異常があろうが極端に神経質にならず、この世で与えられた時間を、旅行でも習い事でも何でもいい、とにかく悔いなく楽しむことが健康の根本なんだと思う。

 その上でどうしても医療が必要な時には、懐具合を心配することなく、安心して医者にかかれるのが、国民皆保険の保険たる所以だろう。既に老人医療費の定率負担が実施され、今年の春からは健康保険本人の自己負担が3割に引き上げられようとしている。コスト意識を持たせて医療費を抑えるというのが病者の心理を知らない為政者たちの考えだが、これでは人々の不安を煽るだけだし、受診を控えることによる病気の重症化によって、却って医療費は上がりかねない。

 現在のような低医療費で世界一の健康寿命を実現している国はないのだということを、国民一人一人が自分の目で確かめてほしい。目先の効率最優先、弱肉強食のアメリカのまねをすれば、国全体が荒んで本末転倒の結果になるだろう。

    【関西ジャーナル
2003年1月25日号掲載
  

 ご意見・ご感想をお待ち申し上げております