第四十回 頼りあえる夫婦関係

人生最後の遊行期を如何に生きるか


 30年以上も同じ土地で開業医生活を続けていると、患者さんの家族とは親子3代、時には4代のお付き合いになることもあり、各々の病気や怪我の歴史がおおよそ頭に入っていて診療上大いに助かる。

 それぞれの家族の30年余の歴史を観察してきて最近益々実感することは、家庭生活の中で女性が如何に多くの負担に耐え、あるいは耐えかねて体調を崩しているかという事実だ。
 気むずかしい夫の世話に心身共に疲れ果て、いわゆる不定愁訴をもって受診してくる年配の女性にも日常的に遭遇する。アルコール依存症の夫と別れるにも別れられず、夫と共に1回限りの人生を苦しみ続ける女性も何人か知っている。
 また、それまで元気で医者いらずだったのが、定年になって朝から晩まで家でくすぶる夫の顔を見ているうちに、何となく具合が悪くなってきたと述懐する女性も1人や2人ではない。

 夫の存在の重さが如何に女性の健康状態に影響するかを、統計学的に検証した調査研究が発表されたと、先月、毎日新聞が報じていた。調査は愛媛大学の公衆衛生学教室が、松山市に近い宅地化の進む農村地区で行ったものだ。
 同地区に住む60歳〜84歳の全住民4,545人のうち、寝たきりや脳卒中、心臓病、癌、骨折経験者を除く3,136人(男1,324人、女1,812人)を1996年から約4年半追跡し、その間の死亡者210人(男性111人、女性99人)の健康状態や生活、趣向などを分析、死につながる危険因子を統計学的に分析した。

 その結果、高齢や日常動作能力の低下は、男女とも死亡につながる有力因子であった。さらに男性では「配偶者がいない」「糖尿病」「喫煙」「過去一年以内の入院」「過去一年健診を受けていない」などが危険因子に挙げられた。しかし女性では、なんと「配偶者がいる」が唯一の危険因子であったというのだ。
(イラスト:Yurie Okada)

 小生の人生の師であり指導医でもあった先代の院長が、口癖のように冗談交じりに話していた。「女は旦那が死んでから元気になるよお…!」。そう言われてみれば確かに、と納得させられる事例を少なからず経験してきた。その経験的印象を統計学的に裏付けしてくれたというわけで、何故か思わず笑ってしまった。
 女が夫の死後に元気になるのと対照的に、男は女房の死後に急速に衰え死期を早める傾向があることも今回の調査研究で示された。
 人生50年の時代は遙か彼方。現在は世界最高の長寿国。子育てや仕事から解放されて自由に遊ぶことの出来る人生最後の段階「遊行期」を如何に生きるか、夫も妻も、それぞれ一人の自立した人間として真面目に考えておく必要があるようだ。
 世話をする人、される人の一方的依存関係ではなく、お互いに頼りあえる夫婦関係を築くことが、健康維持のための大切な条件のようだ。

 自分はどうか?まだまだお手本になるような生き方はしていないな…反省。

    【関西ジャーナル
2003年1月1日号掲載

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