第三十六回 死の五重奏

ライフスタイルの改善が大切


 先週わが遠軽医師会主催の、今年度第1回日本医師会生涯教育講座が開かれた。近年激増している糖尿病がテーマで、旭川市立病院のM先生から糖尿病薬の最新情報を聞くことが出来た。
各種の薬剤の特徴や、それらのきめ細かい使用法を聞かされているうち、錆び付き加減の小生の頭はこんがらかり始めた。ギブアップしそうになったところで講演は終わりに近づき、薬物を自在に操って糖尿病を封じ込めている風だったM先生が結語を述べた。

 曰く、糖尿病は薬では治せない。初め効いていた薬もやがて効かなくなる。ライフスタイルの改善が最も重要で効果的、糖尿病に打ち勝つための必須条件だと。この言葉を聞いた途端、こんがらかった頭の中に爽やかな風が吹き抜け、正にわが意を得た思いがした。

 肥満、高血圧、高血糖、高脂血症と4項目がそろえば「死の四重奏」となることは、今では多くの人が知っていることと思う。これに喫煙が加われば「死の五重奏」となり、あたら命を縮めることになる。

 肥満には痩せ薬があり、高血圧には多くの降圧剤が用意され、高血糖にも次々と新薬が登場してくる。高脂血症にはスタチン製剤などと素人でも口にする時代だ。確かにこれらの薬剤によって得られる延命効果には目を見張るものがある。

 小生は整形外科が専門だから、日常的に処方する薬は、一処方につきせいぜい数種類以内だが、内科の各専門科を渡り歩く患者さんでは10から15種類もの薬を処方されていることさえ珍しくない。

 よく観察してみると1症状に1薬剤というような処方をされていることが多い。短期的には症状の改善に有効であろうが、代謝能力の低下しているお年寄りの場合、長期的にこれらの薬剤を体に取り入れる弊害は無いのであろうか。いや無いはずはない。効果と副作用による損失とをバランスにかけ、また人生の質をも考慮してよくよく薬の取捨選択を行うべきだと思う。
(イラスト:Yurie Okada)

 実に乱暴な言い方だが、鈍感な現代人にはこれくらいでちょうどいい刺激になるかと思い敢えて言う。糖尿病、糖尿病と大騒ぎするな、要するに食い過ぎが諸悪の始まりではないか。飢餓に苦しむ貧困地帯の人々を犠牲にして食いまくったあげく、糖尿病を放っておくと失明の恐れがあり怖いよなど脅したり、脅されたり。食いたいだけ食ってインスリン注射だ血糖降下剤だと右往左往。

 先日の外来ではこんなことがあった。50代男性、運転手、胃潰瘍で長いこと潰瘍剤を服用している。毎日たばこを30本以上吸っているとのことで体中から特有の臭いがしている。いくら薬を飲んでもそんなにたばこを吸っていては薬が無駄になるよと言うと、むっとした顔をして、そんなの仕方がないだろう、患者の事情に合わせて治療するのが医者だろうという態度。

 糖尿病、胃潰瘍に限らず、全ての疾病においてライフスタイルの在りようが事の顛末を左右する。ライフスタイルには個人個人の人生観が絡んでいて、一概に善し悪しは論じられないが、健康に悪いと知りつつライフスタイルを変えないのなら、その結果については何ほどかの責任を患者さん自身が持つべきではないのかなと思う。
    【関西ジャーナル
2002年6月25日号掲載

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