第三十回 狂牛病、その後

ヒステリックに牛肉を避けるより
「死の四重奏」に注意を


 狂牛病騒ぎの余波はまだ収まらない。なにせ政府機関に対する信頼が揺らいでしまったものだから、安全宣言がだされても不安は完全には払拭されない。牛肉消費の落ち込みで外食産業の倒産も出た。我が町遠軽では冷凍食品会社の社長が、売り上げの激減を悲観して自殺するという気の毒な事件も起こった。

 何を食べているかはその人の健康に重大な影響を及ぼすことは確かであるが、余り神経質になりすぎると食べる物が無くなる。極端な話、口から入る物は全て毒であるとの思想がインドの聖典ヴェーダには出てくるそうだ。毒と言われても何も食べなければ死んでしまうから食べるわけだが、どんなに体にいいといわれる食べ物でも、食べ過ぎると病気になってしまう。

 肥満、高血圧、高血糖に高脂血症がそろえば「死の四重奏」で最悪事態だ。狂牛病の肉だけ避けても、他の食物の摂取の仕方を誤ればこの四重奏に見舞われる。エコノミスト誌の最近号の片隅では、「仮に狂牛病に感染していてもこれが死因になる確率はそんなに高くない」とする疫学研究を、ロンドンの学者が発表したと伝えている。原文を読んだわけではないので責任は持てないが、ヒステリックに牛肉を避ける必要はないようだ。
 大体タバコをばんばん吸いながら牛肉を避けたところで、健康を維持するとう大局的観点からは無意味だ。狂牛病が発病する前に他の病気で死にますよ。

 要するにバランス感覚が大切で、必要以上に神経質にならず生存に必要な最小限の食べ物を、その味覚を楽しみながら摂取していればいいのではないかと思う。小生の先輩の医者に、孫に安全な食物を食べさせるためにと、自分で家畜を飼い、畑をおこして自給自足に近い生活を目指している人がいるが、そこまでやって果たしてどれだけ孫の健康寿命が延びるのか疑問に思う。


(イラスト:Yurie Okada)


 小生にはもともと長生きしようとの強い意思はないから、明けても暮れても健康のことばかり心配している人を見るとどれだけ生きたら満足なのかと聞きたくもなる。

 アフガニスタンの人々の悲惨さと比較して、我々日本人はこんなに豊かに長生きできて何が不足なのかと問うては問題のすり替えになってしまうが、自分の幸せ加減を自覚できていない人が多いのではないかと感じさせられる。

半世紀前までは日本人の寿命は50歳にも満たなかったことを思うと、現在は30年もの余分な時間をもらったようなものだ。その時間をどれほど有意義に使っているのだろうか?
 付け足りだが、マクドナルド・ハンバーガーの売り上げも25%程落ちたと新聞が報じていた。肉の過剰消費が是正されるのは環境問題を重大視する立場からは歓迎すべきことだ。

    【関西ジャーナル
2001年11月25日号掲載

 ご意見・ご感想をお待ち申し上げております