第二十九回  「海遊館」に思う

五官に適度の刺激を


(イラスト:Yurie Okada)

 年に一度旧交を温めあう高校のクラス会が、今年は先日大阪市で開かれた。夜の宴会を楽しみにしながら、2組に分かれて海遊館・サントリー美術館とユニバーサル・スタジオ・ジャパンを、それぞれ見学した。小生はユニバーサル・スタジオの待ち時間に恐れをなし海遊館・サントリー美術館見学、サンタマリア号大阪湾クルーズを選択した。

 海遊館は環太平洋の各地の海洋生物を、それぞれの地域の特徴が解るようにと展示に工夫をこらしたユニークな水族館で、子供たちはもちろん我々大人が見ても結構楽しめ、興味深いものではあった。

 「楽しみや興奮の創出が関西浮上の筋書き」と最近『関西ジャーナル』のコラム氏が書いていたが、臍曲がりとしてはここで一言言っておかねばなるまい。確かにこの水族館で得られる知的刺激は素晴らしいものだが、子供の脳の発達過程に関する最新の研究成果を踏まえて考えると、この種の経験が脳に与える刺激は非常に偏ったものであり、決して悪くはないが大切なものが欠けている。
 目の刺激だけでは脳は育たない。五官をバランス良く刺激することによって、脳は外界に対して的確に反応していく神経回路を獲得してゆく。脳は単なる記憶装置ではなく、種々の刺激を取り入れることによって自ら信号処理のシステムを発達させてゆく生き物なのだ。
 春の雪解け水の澄んだ流れに手を浸したときの冷たさ、その中に産み付けられたゼリーのような蛙の卵の手触り、生きた魚の皮膚から伝わるひんやりしたぬめりと独特の弾力、あるいは独特の生臭さなどは水族館でガラス越しには決して伝わってこない。

 消臭剤、抗菌剤が大量に売れる現代生活、生物の生の臭いを嫌い、ヌルヌルしたものが嫌いで過度に清潔志向。これではまともなセックスもできやしまい…。
 子供たちに混じり太平洋の各地に生息する多種多様な生物の乱舞を楽しむ一方で、コンピューターグラフィックスのような刺激を与えるだけで子供のためになったと考える危うさを痛感した。

 国立民族学博物館顧問の梅棹忠夫先生の考えに基くと、腹を歓ばす「農業革命」、筋肉を歓ばす「工業革命」、そして心と脳を歓ばす「情報革命」と、文明は段階的にその軸足を移してきた。情報革命の入口に立ったばかりの現時点では、底の浅い楽しみ、低級な興奮ばかりが幅を利かせているが、真に脳と心を歓ばす優れたコンテンツが出てこなければ期待はずれに終わってしまう。

 優れたコンテンツを産み出す人材は、ゆったりと生活を楽しむ余裕のある環境で育つと言われるが、ただのんびり生活しているだけでは何も産み出すことはできないだろう。五官を適度に満遍なく刺激することの重要さを改めて強調したい。結局最後は、自然に帰れ、大自然のバランスの取れた刺激を存分に浴びよ、ということになろうか。

    【関西ジャーナル
2001年10月25日号掲載
  

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