第二十八回 狂牛病と現代生活

狂っているのは人間だ
便利さ追求の大量消費が人間の生活基盤破壊する


 狂牛病が日本にも上陸していたようだ。つい先日千葉県の酪農家で変死した牛が狂牛病の疑いありと診断されたものだが、その牛の誕生地は小生の隣町佐呂間町で、千葉県の農家に売られるまで同町の酪農家が育成していたとのこと。突然身近な問題になってしまったという次第。

 狂牛病は脳内にあるプリオンというタンパク質が「異常プリオン」に変化することによって脳組織が破壊されてしまう病気で、異常プリオンを摂取してから発病までに数年の潜伏期があるという。人間には牛の脳や脊髄を食べない限り感染することはないと言われているが、現代生活を反省する良い機会だ。

 この病気は、死んだ牛や羊の骨肉を飼料として共食いさせて再利用するという、一見合理的だが生き物の尊厳を貶めるような人間の浅はかな行動が産んだ病気だ。グローバリゼーションの進展に伴い、補助金を食う日本農業の非効率さがメディアに登場する経済学者たちによってさんざん叩かれた結果、安い輸入飼料で効率よく牛を育てることが良しとされ、食物の安全性に対する感受性が麻痺してしまった。狂っているのは牛ではなく人間の方だ。

 これとは直接関係のないことだが、臓器移植手術を推進するにあたって、死んだ人間の臓器をそのまま焼いてしまうのはもったいない、脳死の段階で臓器を取り出して有効利用することが生命を尊重することだとうそぶく人々がいる。牛や羊の死骸を飼料に加工して共食いさせる神経と、脳死の人の臓器を利用する神経に共通する臭いを感じるのは小生の鼻の異常か。

 アメリカのシンクタンク「ワールドウォッチ」の今年の報告によると、過去50年間の肉・コーヒーの消費量は鰻登りで、それを支える畜産業の拡大による水質・土壌汚染、コーヒー園拡大による森林破壊など環境破壊は地球規模で無視できないものになっているという。
(イラスト:Yurie Okada)

 またアメリカを代表とする先進国で、肉の多食・自動車依存による肥満や高血圧・糖尿病など、いわゆる生活習慣病治療のために莫大な投資がなされる一方で、途上国では未だに飢餓や、マラリアその他の感染症による死亡者が後を絶たないと注意を喚起している。

 過度の肉食・運動不足による肥満・糖尿病・高血圧の治療に高価な薬剤を開発する製薬会社も、途上国の人々の命を奪う疾病に対する治療薬の開発には消極的だと非難している。食べ過ぎや運動不足によって病気になったものなら、まずその習慣を変えることが最も重要で根本的な解決策であるはずだが、安易な解決策を好む先進国の消費者を前にして、営利のためには本末転倒の行動も辞さない資本の論理が幅を利かせている。

 便利さの追求に至上の価値を置く大量消費生活スタイルが、生活する人間そのものの生活基盤を破壊するという大いなる矛盾に気付くべき時なのだろう。

    【関西ジャーナル
2001年9月25日号掲載

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