第二十回 幼児期の子育て

親の過保護が脳髄の成長を阻害
社会的に育児を支援するシステムが必要


 先日各地の成人式で見られた騒動もその一例だが、おかしな行動をとる青少年の激増を座視できなくなり、教育政策が今ようやく真剣に考え直されつつあるようだ。

 先頃出された教育改革国民会議の答申でも様々な角度から教育を改善する提言がなされて、今度こそ本腰を入れて改革を推進しようとする意気込みが感じられる。意気込みは感じられるが、しかし、これでは駄目だとも思う。

 教育を受ける人間の大脳が機能障害を起こしているとすれば、どんな教育をしても大した成果は期待できない。「三つ子の魂百まで」と、幼児期の子育ての重要さを強調した昔の人々の賢さをこの頃益々強く感じさせられる。

 北大医学部の澤口俊之教授(脳科学専攻)によると、近頃目立つ若者の傍若無人の異常行動は、人間性の中心である脳の前頭連合野の機能障害からきている疑いが濃く、その原因はこの領域の発育不全であると言う。この脳領域が健康に発育するには、幼児期に「複雑な社会関係」にさらされることが必須の条件で、10歳ぐらいがそのタイムリミットだとのことだ。言語能力は8歳ぐらいまでに普通の言語環境にさらされないと正常に獲得されないが、これとよく似ている。

(イラスト:Yurie Okada)
 また日立製作所基礎研究所所長の小泉英明氏も脳科学専攻の学者であるが、彼によると、幼児期に受ける五官からの刺激が脳の発達に極めて重要な影響を及ぼすことが分かってきており、育児の過程で親が良かれと思って世話をやきすぎるほど、子供の脳の発達は阻害される側面があることが科学的に証明されつつあるとのことだ。
 例えば、赤ちゃんは一生懸命はいはいすることによって、全身から入力刺激を取り込んで神経回路をつくっているので、歩行器で無理に早く立ち上がらせてしまうのなどは、百害あって一利なしである。

 子供に対する愛情がややもすれば溺愛に陥り、特に母親による過保護が子供の脳髄の成長を阻害していることを反省する必要がある。
 科学が明らかにしつつある理想の教育は、幼児期に自然環境からの刺激を十分に取り込ませるとともに、豊かで厳しい社会環境に十分さらし、親子の強い絆と励ましによって自分たちの神経回路を自ら進んで作らせて行くものだ。風の吹き渡る音を聴くことも、花々や虫たちの営みに目を見張ることも、そして自然の脅威におののくことも神経回路を育てる大切な刺激となる。

 少子化時代とはいいながら、近所に子供の遊ぶ姿が見られない最近の風景はやはり異常だ。家に引きこもって、子供はテレビを相手に遊び、母親は育児にノイローゼ気味という核家族が少なからず存在する現在、社会的に育児を支援するシステムが緊急に必要であり、その配慮なしには教育改革の成功はおぼつかないと考える。
 表現の自由・報道の独立という大義名分の下に、絶え間なく垂れ流される人殺しの映像や、エログロナンセンスの有害情報に代えて、良き人間のモデルを数多く成長期の子供に与え続けることが教育の第一歩ではなかろうか。

    【関西ジャーナル
2001年1月25日号掲載
  

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