第十五回 癌遺伝子と癌発生の危険度
 日常的な「養生」が大切
医学情報を鵜呑みにしないこと


 先日さる全国紙の第1面に、ニューヨーク特派員からの情報として、小さな医学情報コラムが嵌められていた。ニューイングランドジャーナルオブメディスンという権威ある医学雑誌に掲載された一編の論文の紹介だった。癌患者の双生児を対象とした大規模調査の結果をまとめたものだが、癌遺伝子が癌の発生に最大関与をしているとの印象を与える紹介記事であった。
 
 この雑誌は小生も目を通しているが、該当論文の結論は次のようなもので、この特派員の報告から受ける印象とは随分違っている。
 「遺伝的要因は、ほとんどの種類の悪性新生物(癌)に対する感受性にわずかに寄与しているに過ぎない。ここで得られた結果は、散発性の癌の発生には環境が重要な役割を担っているということを示している」というものだ。
同じ論文を読んでも、先入観を持って読むと主旨を取り違えるということだろう。間違いを犯すにしても全ての人が原論文を読むのであれば最小限の影響で収まるだろうが、間違って読み取ったものをマスメディアがそのまま垂れ流すと、多くの人々に被害が及ぶ恐れがある。

 種々の医学情報があらゆるメディアに氾濫しているが、その信頼度の判定は医者にも困難なことがある。最先端の実験的医療技術に関する情報なども、これができるから良い病院だみたいな雰囲気で紹介されることがあるが、鵜呑みにしないほうが良い。
 またあれやこれや脈絡なく健康雑誌に紹介されるいわゆる健康法に飛びつくことも、余り利口な行動とは思えない。
(イラスト:Yurie Okada)

 人の遺伝暗号の解読作業があらかた終了し、これを新薬の開発につなげようと世界中の製薬会社が血眼の競争を繰広げている。遺伝子の解読が21世紀の医学・医療の姿を大きく変えることになることは間違いあるまい。

 そんな状況下でとかくマスメディアはセンセイショナルにある特定の遺伝子の恐ろしさなどを解説したりしたがるが、読者・視聴者として一つ大切な心得は、ある特定の疾患遺伝子を持っているからといって、必ず発病するのだと運命論的に考えて悲観的にならないようにすることだ。その遺伝子の読み取りスイッチが入るか入らないかには、環境因子・生活習慣が大いに関係しているからだ。
 種々の遺伝子の働きが解明されるに伴い、一層日常的な「養生」が健康維持に大切であると考えられるようになればいいなと期待している。

    【関西ジャーナル
2000年8月25日号掲載
  

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