第十一回 煙草と健康
 百害あって一利なし
肺癌発生の大きな原因だが依然高い医者の喫煙率


 煙草、特に紙巻き煙草は、体の健康には百害あって一利無しだ。20年以上も昔のことだが、「手の外科」の研修のためアメリカ東部の有名大学病院のクリニックをいくつか見学したことがあった。研修の合間に煙草工場と広大な煙草畑を案内してくれたアメリカ人医師が、煙草畑を指差しながら"Cancer Field(癌の畑)"ですと笑いながら説明してくれたことを思い出す。

 アメリカには自分の健康管理も出来ない人は管理職にはつけないというような雰囲気があって、指導的立場に立つ人の喫煙率は低い。日本では医者や看護婦の喫煙率が依然として高く、煙草を吸う奴は健康指導をする資格がないなどと言うと、自分は吸わないものだから随分過激なことを言うわ、と陰口を叩かれる。

 先日も医師会の新年会で煙草を吸う先生にちょっと皮肉をぶつけたら、煙草が肺癌の原因だという科学的データは無い、大気汚染の方が問題だなどと屁理屈を返された。 大気汚染も問題だが、煙草が肺癌の発生率を押し上げていることは今や医学の常識だ。医者でさえこうだから,日本で喫煙率を下げるのは至難の業だ。

 昨年11月、神戸市で世界保健機構(WHO)主催の「たばこと健康に関するWHO神戸国際会議」が開かれた。「女性と青少年へのたばこの流行を食い止めよう」をスローガンに、国内外の医師や行政関係者などが参加した。来日したブルントラントWHO事務局長は厚生省内で記者会見し、「このまま何もしなければ、25年先には煙草に関連して死亡する人は、世界で年間1000万人に達する。広告の禁止や煙草税の引き上げ、密輸の阻止などの煙草対策について各国間の合意が必要」と訴えた。

 アメリカではクリントン大統領が2001会計年度予算案に、未成年の喫煙者を2004年までに半減させなければ、未成年喫煙者一人当たり3000ドルの懲罰税を煙草業界に課す方針を盛り込んだそうだ。またカナダでは、喫煙による健康被害を明示した写真を、煙草の箱に掲載するよう全煙草会社に命じる「世界で最も厳しい規制」を導入する方針とのこと。
(イラスト:Yurie Okada)

 日本の厚生省も、遅れ馳せながら昨年健康づくり10ヵ年計画「健康日本21」の中に「成人喫煙率と国民1人当たりたばこの消費量を半減させる」目標を盛り込んだ。ところが、これに早速横槍が入った。「国民の趣味、嗜好を国家統制するのは問題だ。また、煙草耕作農家や小売業に影響が大きい」というのが反対理由だ。

 小生は煙草を吸わない。若い頃同僚に付き合って吸ったことがあるが、美味しいと思ったことはないし、付き合いで煙草を吸うなんて馬鹿げたことだと思い、直に止めた。止めてから煙草の煙と臭いがいかに他人には不快なものであるか再認識した。

 最近JRでも禁煙車が多くなったが、以前は1両の客車の一部の座席だけを禁煙席にするなどという馬鹿げたことをやっていて、禁煙席の指定券を買っても煙責めにされていた。嗜好を国家統制するのはよくないが、他人の迷惑を無視して権利を主張するのは、わがままであり甘えというものであろう。
 一番気に入らないのは、基本的人権を守るためとか、科学的根拠が曖昧だからと喫煙規制に反対しているように見せかけてはいるが、実は煙草関連の利権を捨てたくないという卑しい根性が見え見えであることだ。

    【関西ジャーナル
2000年3月25日号掲載
  

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