第二回 薬よりも運動を−健康マニアと骨粗鬆症−

 老齢人口の増加と共に加齢による種々の疾患が多くの人々を不安に陥れている。骨粗鬆症もその一つである。骨粗鬆症などという病名は昔は医者にも馴染みの薄いもので、その漢字すら正しく読めない人さえいた。それが今はどうだ、骨粗鬆症は健康マニアの間では流行語の一つにさえなってしまった。因みにこれは「コツソショウショウ」と読む。

 骨粗鬆症がこんなに注目されるようになったのは、骨折、特に大腿骨頚部骨折の基礎疾患として取り上げられるようになったからだ。大腿骨頚部骨折というのは、老人が転んで大腿を打った時、脚の付け根に起こる骨折で、冬季に多発する。大方は簡単な手術で回復して行くが、中にこれを契機に寝たきりになる人が出てくるので馬鹿に出来ない。骨の癒合を期待できないときは人工関節を挿入することが多いが、この治療コストが小さくはないし、また寝たきりになった場合の介護のコストが社会的に無視できないほど大きくなってきた。高齢化がますます進むことを考えれば骨粗鬆症の問題は確かに大問題ではある。

 しかし、だからといって最近のように骨密度測定にやっきになっているのは何ともやりきれない光景だ。健康祭りなどというものを開催して無料骨密度測定を売り物にしている病院もある。都会の婦人科では検診待ちの人が大勢溜まっているという話しも聞く。というのも骨密度は更年期過ぎの女性で減少度が大きいからだ。女性ホルモンが骨密度の維持に重要な働きをしているのだが、このホルモンが更年期を境に激減するのがその理由だ。しかしその大部分は生理的な加齢現象と見るべきものだ。これで不安をあおって受診者を増やしているのは商売上の必要かとかんぐりたくなる。第一、検診を受けたところで骨密度が上がるわけではないのだ。これも健康ノイローゼ患者の増加に一役買っているように思える。

 骨密度の低下自体が問題なのではなく、要は骨折を起こさないようにすることだろう。骨折を起こし易い人は、どうも運動反射神経が鈍くて転倒時に防御姿勢をとれないようだ。骨が多少弱くても転ばないような運動神経を育て、転んでも骨折しないような防御姿勢を取ることが出来れば、骨折を予防することが出来る。
(イラスト:Yurie Okada)

 運動神経を鍛えるためには、よく運動することだ。若いときからよく運動することが大切だ。また年をとっても適度の運動を欠かさないことだ。運動といっても何も特別のスポーツをやらねばならぬということではなく、ただ日常よく歩く癖をつけることで十分なのだ。それを忘れて薬だけ飲んでいてもいい結果は得られない。骨密度測定なんて無意味なものになってしまう。

 30年医者をやって最近特に感じることは、人一倍健康志向が強いにもかかわらず健康増進のための日常的努力を忘れている人が多いことだ。努力しないでも、薬か何かで簡単に健康を手に入れることが出来ないかと虫のいいことを考える人が多いことだ。煙草をスパスパふかし、ダイエットと称してろくな栄養も採らず、運動もしないで骨が丈夫になるだろうか?また栄養過多でぶくぶく肥り、どこに行くにも車に頼りきりの生活で運動神経が鍛えられるだろうか?
 貯金も無いのにクレジットカードで身のほど知らずのショッピングをし、挙げ句の果てに自己破産を申請してあっけらかんとしているような、信じられないような安易な行動をする人々が多くなってきたそうだが、努力もせずに健康だけ求める行動と一脈通じるものがある…などと言いたい放題の医者でも生かしてくれる北海道の田舎はいいぞ!
【関西ジャーナル         
   1999年4月25日号掲載】


 ご意見・ご感想をお待ち申し上げております