第1回 長寿国日本の不思議

 最新の統計によると日本人の平均寿命は女性が84才、男性が77才で、世界一の長寿国である。普通の感覚では、「健康だから長生きできるんだよね」という話になるのだと思うが、現代日本人の場合はそう単純ではないらしい。
(イラスト: Yurie Okada)

 これだけ長生きできるようになりながら、いつも病気の心配をしている人が、健康に感謝していて生活を楽しんでいる人より多いというのだからあきれてしまう。何とも不思議な光景だとニューズウィーク誌の記者も書いていた。
 日本は世界でも指折りの経済大国になり、事実人々は豊かな実感が無いと言う人が多いのと似ている。本当のところは「足るを知る」を忘れてしまった欲深な日本人の心に問題があるのではないのかな。
 欲望が全ての人間活動の基であることは否定できないし、これがないと向上心も湧かず、社会の進歩もないことは確かだ。第一、欲望のシンボルとも言える性欲が生じなければ、われわれ人間そのものが存在できない。しかし足るを知らない無限の欲望が、人生の幸せに結びつくのだろうか?向上心の副作用とも考慮すべき時ではないのかな?
 70才、80才になった人たちが、血圧の変動に一喜一憂し、血清コレステロール値の増減に神経質になり、四六時中体のことばかり気にして、専門医なるものを梯子して歩く姿は、人生の目的を見誤った亡者としか思えない。そんなお年寄りが増えている。
 健康診断なるものが盛んで、自治体でも会社でも定期的に、しかも半強制的にこれを行い少しでも標準値をはずれていれば精密検査が必要ですとくる。医療費の増加を食い止めるには予防に勝るものはないとばかりに、検査検査で検査に明け暮れている。
 その結果が皮肉なことに、健康不安にとりつかれた世界最長寿の半健康人の大群である。豊かさの実感のない経済大国と同根の現象に思える。
 地球上には餓死寸前の人があふれている国もある現実に目を向ければ、われわれはなんと豊かな生活を楽しんでいるのか、とすぐに納得できるはずだ。
 つい先頃まで『人生50年』の時代が続いていた。日本の平均寿命は明治維新の頃は36歳をわずかに越える程度だったと推定される。その後少しずつ延びはじめるが、それでも第2次大戦前は男47歳、女50歳で『人生50年』にさえならなかった。
 「こんなに長生きできたんだから、もういつ死んでもいいや」と割り切って好きなことをして過ごせば、もっとゆったりしてあずましい老後を過ごせるのに…。
 いい加減のところで足ることを知らないと、不幸な健康亡者になってしまう。

【関西ジャーナル1999年4月5日号掲載】

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