四十一回 「人物論-13」

"情"に根ざした超大型人間
山田稔氏に見る指導者像(上)

 仕事柄、時に夜の北新地で楽しい一時を過ごさせてもらう。そして、これも仕事柄ということにしておこう、人さまの思い出を肴(さかな)に酒を楽しむことが少なくない。中でも故山田稔元ダイキン工業会長のお出ましがことのほか多い。その度に「亡くなられてから7年、今なお、これほど愛される山田さんは偉大な方だった」の思いにたどり着く。
 私はかねて、山田さんに3つの顔を観てきた。

(1)人間的スケールの大きさ
(2)忠恕の精神に基づいた経営
(3)関西財界の名調整役 ――

 だが、いずれをも貫くのは『情の人』であることだった。

 株式を上場する企業の年1度の"憂鬱な一日"は株主総会のその日である。本来は、株主と経営陣がその企業の発展向上のため、胸襟を開いて話し合う唯一の場なのだが、残念ながらわが国の上場企業においてはこれが現実なのだ。
 このためほとんどの企業が、何らかの形で特殊株主と称される総会屋への対策を練り、総会が短時間で終了するよう画策する。総会屋排除のため商法が改正された後も、現実にはそれほど大きな差はない。総会時間が30分も超えれば、総務部長以下の担当者はただただ上層部の叱声に堪えなければならなくなる。

 だが、ダイキン工業の株主総会は状況が違った。他社が必死になって行う裏面工作は「ほとんどやる必要がなかった」という。そして、その状況を作ったのは当時の山田稔社長だった。
 私自身がご本人から直接聞いた話である。
「君なあ、総会屋いうのは、総会に出て質問するのが仕事やろ。そやから担当者には手練手管を使う必要はない。どんな質問にでも、どんなに長い時間でも彼らと付き合い、俺が答えると言うてる。同じ人間なんやから、何も怖がることはないし、特別扱いをすることもない」
その代わり、こんなこともあったと、大笑いした。
 「いつやったか、ある株主が、"山田さんは新地の帝王と言われているが、会社全体の交際費のうち、あなたが使っている飲み代の比率はどのくらいか"と聞かれたことがある。そんなこと、どこの社長にも分かるはずないよなぁ」

 同社の株主総会を担当する知人も言っていた。「われわれの仕事を真に理解してくれていた。他社の担当者に聞いても、山田社長のような方はまずいない。私がこの仕事を永年つとめられたのは山田社長あってのことだ」と。
 一見、豪放磊落で大雑把な性格にも見えた。その故の選択と評する人がいるかも知れない。しかしその実は全く反対だったろう。細かな気配り、真の情愛を持ったが故の株主総会対応であったと、私は理解する。

 かつて、夜の社交場が料亭にあった頃、「女将や仲居が一目置いた男は、だいたい大きく成長した。逆に彼女らに駄目人間のレッテルを張られると、やはり出世もそこそこ」と言われたものである。接客業、中でも男が本音を見せるこれらの場の女性たちは、しっかり男達を見抜いている。舞台が北新地のクラブに移った今も、その目は正統派ママさんたちにきっちりと受け継がれている。"楽しいが怖い世界"なのだ。そんな北新地の中で、山田さん人気はなお衰えない。あの方の中に「ほんまもん」の男の魅力、器量、優しさを彼女たちは見ていたのだろう。

 この欄の第24回「酒の席」にも紹介したが、山田さんから「酒の飲み方を見ていると、だいたいその人間が見えてくる。例えば側に付いたホステスさんに、いかにも"俺は客だ"と言わんばかりに横柄な態度をとる者がいる。仮に酒の場であっても、俺はそんな人間を信用しない」との教えを頂いたことがある。
 山田さんの笑顔は、いつも素晴らしいかった。本当の優しさが、その眼差しからにじみ出ていた。だがニコニコしながら語りかける一言ひとことに、厳しさもまた同居した。優しいだけの人ではなかった。

 以前にも引用したが、「大凡、人情と近からざるは、即ち行能卓越するも、道の賊なり。聖人の道は、人情のみ」(呻吟語)という。山田さんに思いを馳せますますその意味を噛みしめる。
=つづく=

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