第十四回 「楽しみ」

  傘寿を祝い作詞・作曲集出版
   〜 アイデアは楽しみから生れる 〜


 多趣味で知られる太陽工業の能村龍太郎会長が自作の作詩・作曲集をCD化し、自費出版した。日頃から「楽しみの時間を持つことがアイデア開発の秘訣」と言われる能村さん。この作詞・作曲の過程からどれほどのアイデアが飛び出してきたことか…。

 今回自費出版した『能村龍太郎作詩・作曲集』は自らの「傘寿」を祝って出版したもので、10曲が収録されている。中には、御堂筋でワルツを楽しめる日をイメージした「御堂筋でワルツを」(演奏のみ)、畏敬する先輩、山田稔元ダイキン工業会長に贈る「真夜中の北新地」(作詩・作曲)の他、同じ年(1976年)に紫綬褒章を受賞した作詞家、西沢爽氏の作詩に曲を付けた「あの子」や「薄荷のお菓子」などが含まれ、自らも2曲熱唱する熱の入れよう。シンガーソングライターの面目躍如というところである。

 ところで、あえてこの欄でこの話題をとりあげたのは「経営と楽しみ」について触れたかったからだ。

 能村さんは敗戦の焦土の中から膜工業(テント工業)の太陽工業を興した起業家である。徒手空拳、ゼロから出発した、今日で言うところのベンチャー経営者である。創業50余年を経て、国内外で圧倒的なシェアを占める世界企業に同社を成長させた立志伝中のお一人である。
 そして成長の秘訣の一つとして高く評価されるのが「研究開発型企業」であり続けたことである。つまりアイデア開発企業ということであり、能村さんもまた“アイデア経営者”として、学界や研究機関、マスコミなどから高い評価を受けてきた。自ら取得した特許件数も300件を超えるという。

 そこで何度かアイデアの秘訣を聞いた。そのたびに返ってくるのは
「特になんにもありません。ただ、気になることが思い浮かぶと、そればっかり考えて考えて、考え続けます。そしたら、何かの拍子に、ぱっと思いつきますねん」
 という言葉だった。その何かの拍子というのが、「何かに夢中になって楽しんでいる時」なのだ。
 かねて多趣味な方としてよく知られる。「今でも絵を描くのが本職だと思っています」という絵画。仕事との関連で趣味の域に入ってきた軽飛行機の操縦、ボート、車は日本グランプリに太陽チームを編成して参加し、5位入賞の実績を持つ。興味を抱いたことはすべて趣味にまで高めてしまうのがこの方のこだわりである。だが、子供のころから決して嫌いではなかった音楽は、肩肘の張らない気軽な楽しみであった。

 自宅に早くからエレクトーンを備えていた。ある時代からそれがキーボードにかわった。
「適当に酔っぱろうて、気分良く帰宅したとき、時々キーボードの前に座って気の向くままに爪弾くと自然に曲が出来ますねん。なかなか楽しいもんです。こんな時ですね、ずっと考えていたことのヒントが不意に浮かんで来るのは…」
 軽飛行機にしてもボートや自動車にしても気軽に楽しめるものではない。また絵も、プロを目指したほどだからこれも真剣勝負である。どうやら能村さんにとって、リラックスして心から楽しめる第一の世界は音楽なのかも知れない。
 今回自費出版した作詩・作曲集の10曲はこうして作られた。「しかし作詩は難しいですな。ある程度作ると同じような内容になってしまう」と笑う。

 能村塾を主宰したり、大阪商工会議所の「起業家発見塾」の代表幹事を務めたり、若い世代の人たちに接する機会も多い。こんな時に必ず口からでるのは
「何でもええから夢中になれる趣味を持ちなさい。人間というのは、リラックスしているときに右脳が働き、それまでいくら考えても思いつかなかったことの解決策が、ひょいと浮かんだりする」
ということである。その夢中になれる楽しみの一つを、能村さんは音楽に求めてきた。その結晶が今回の作詩・作曲集なのだろう。

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