第一回 常愛妻(とこめづま)

富久翁に「人間愛」を学ぶ
−成功への第一歩「良き家族人」

■女と金に気をつけよ
 経営の第一線から退き、青年や若手経営者の人間学教育に新たな人生を歩んでおられる豊田良平・関西師友協会副会長(元コスモ証券副社長)によく教示されることである。「折目君、女と金には気を付けなさいよ。人間、絶頂時に失敗するのはほとんどが女と金が原因だ」
 そういえば、ごく最近も建設大臣を務めた有力政治家がカネの問題で政治生命を絶たれた。あるいはその少し前には、将来を嘱望された若手政治家が不倫問題で世間を騒がせ、今回の衆議院選で落選の憂き目を見ている。
 この2例は最近の象徴的実例であり、細かく数えあげれば枚挙にいとまない。一国の宰相といえ、金と女で失墜すること少なしとはしない時代である。
 豊田さんへの私の答えは単純明解である。
 「心します。しかし、私の目指す道は、未だ絶頂にはるか遠く、金には全く執着ありません。また、女で苦労する資質にも私は恵まれておりません」

■富久力松翁のこと
 そのような会話を交わしながら、ふと私の脳裏に蘇ってきたのは東洋ゴム工業の初代社長・富久力松翁のことだった。
 自作の歌、「恐怖するにあらねど殻に耐え忍び争わずしてわが道を行く」を実践した、人間愛溢れる経済人であった。
 昭和47年、学生結婚だった奥様に先立たれ、それから『般若心経』の写経を始める。その巻数は平成元年に、90歳で亡くなられるまでに、実に3万7千巻に達していた。
 また10冊になるまで書き綴った随筆を『蝸牛随想』として出版される文筆家でもあった。
 その富久翁に最初にお目にかかったのは昭和46年のこと。すでに古希を超えておられたが、優しいおじいさんのような感じがして、以後、度々訪ねてはご迷惑をおかけしていた。
■常愛妻(とこめづま)
 ある時、『蝸牛随想』の一文に「常愛妻」の表現を発見した私は、早速、翁をお訪ねした。「愛妻という言葉はよく耳にしますが、常愛妻(とこめづま)の言葉を初めて知りました。奥様への愛がほのぼのと伝わります。“愛妻“だけでも、日本人は照れるものですが、さらに深くて重い愛情表現。照れませんか」
 すると、翁は「私の気持ちそのままの言葉だから、何も照れることないよ」と、ニコニコされるだけだった。
 「社員を一度も怒ったことがない。もちろん叱ったり、諭したりはしたがね」ともおっしゃっていた翁の人間愛のベースが「常愛妻」にあったのだ。
 「良き社会人、経済人の前に、良き家庭人であり、良き夫であれ」とは確かに聞いた話だが、妻を、他に堂々と「常愛妻」と表現できるその心の余裕が、良き経済人の前提だろう。

■毎朝、夫が大笑い
 現役だからあえて固有名詞を伏せるが、ある大阪のビッグ・ビジネスの社長夫人から直に伺った話である。
 「夫が朝、起床してから出勤するまでに、毎日、一度は必ず大笑いさせるのです。」
 そのご主人がサラリーマン時代から、経営トップに立つ今もなお、この家で継続する朝に風景だという。得てして男は、「男は一歩家を出ると七人の敵と戦わねばならぬ」としかめっ面らをして家を出る。
 しかし人間、一度でも腹から笑えば、気持ちが自ずから和み、軽やかになり、体の芯からエネルギーがほとばしる。誰もが経験しているはずである。
 成功するビジネスマンの第一歩は、常愛妻といってはばからない妻への愛であり、朝1回は家族が大笑いし、1日をスタートさせる家庭といえるのかもしれない。

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