第三十五回 養成制度

米国医師養成制度でさらに臨床研修の質向上


(イラスト:Yurie Okada)

 近年医師に限らず、弁護士、外交官、教育者など高い能力を要求されるプロフェッショナルの在り方に関して多くの問題点が指摘され、その養成制度の改革が論議されてきた。

 以前、中国の日本領事館で起きた北朝鮮市民の亡命事件をめぐっては、日本の外交官の対応が到底日本の主権を守るために働いている人間とは思えないと、各方面から強い批判の声が挙がったのはご承知のとおりである。

 外務省ではこのところ不祥事が相ぎ改革待ったなしであるが、外相の私的諮問機関「(外務省を)変える会」がまとめる提言の中に、「登・退庁時は挨拶をきちんとする」というのがあるそうだ。某新聞のコラムから得た情報なので確認はしていないが、開いた口が塞がらぬ。

 国の進路に影響する政治・外交の失敗は、先の大戦でも証明済みのように何10万人、何100万人の命を奪うことさえある。医療事故で失われる命の数とは比較にならぬほどの大惨事だ。医師の失敗などそれに比べると罪は軽い、とまでは言わないが、医師より重大な任務を担っているプロフェッショナルの失敗にも医療事故並みの厳しさを示してもいいのではないか。

 医師の養成に関しては以前から米国が模範とされ、小生も米国の制度が理想に近いと思っていたが、この米国の医師養成制度が独占禁止法に違反しているとして、研修医による集団訴訟が起こされたと5月7日のニューヨークタイムスが報じていた。
 米国では日本のように、自分が卒業した大学の医局に残って研修するということはない。全国の医学部を卒業した研修医は一定の手続きで混ぜ合わされ、いわば他流試合を通してその能力を高めてゆく。National Resident Matching Programと名付けられたこの制度によって、研修医は全国の研修病院に振り分けられ、質の高い臨床教育を受けることが出来るとされている。

 一方研修病院では、これらの研修医を安い労働力として使っている一面があり、時給千円以下という看護婦以下の給料で、研修以外の雑用にもこき使われているという。
 研修病院側が研修医の待遇に関して暗黙の協定を結んでいるようで、研修医側には交渉の余地は全くなく、これが独占禁止法に違反するとして集団訴訟に踏み切ったとのこと。
 訴訟の代表者は、米国の名門ジョンズホプキンス大学の病院で研修している現役の研修医で、米国の研修制度の平均的現実を反映していると言っていいようだ。

 数年間の厳しい訓練を耐えて専門医の資格さえ獲得すれば、高給を保証され優雅な生活を待っている。これを楽しみにアメリカの研修医は過酷な研修生活を乗り切るのだと、米国留学経験のある先輩たちがよく話していた。

 アメリカの臨床教育の内容が日本を遙かに凌ぐことは間違いない。更に生活条件の向上を目指して動き出したということで、ますます日本は引き離されるおそれが大だ。
 彼らが目指しているのは単なる生活条件の向上ではなく、雑用を減らし患者に接する時間をもっと多くして、臨床研修の質を上げたいとのまっとうな願いが込められている。アメリカ医療界がどんな対応を見せるか興味津々だ。

    【関西ジャーナル
2002年5月25日号掲載
  

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