第三十二回 趣味と健康

心身活動させ、心豊かに人生を楽しもう


 惚け防止のためというわけでもないが、4年ほど前からフルートを習っている。フルートに限らず楽器の練習は、楽譜を読みながら指を複雑に動かし、呼吸を整えて音を出し、出てくる音を耳で聞きとり、目指す音が出た時には心が震えるような歓びを感じるという一連の活動によって、実に良い刺激が脳に与えられる。

 勿論好きだから始めたことで、若い頃は金も時間もなくてできなかった長年の夢を、今遅ればせながら実現しつつあるわけだ。健康にいいというのは付随効果に過ぎない。

 昨年末には、身の程知らずで4度も、結構な数の聴衆の前で演奏する機会を得た。本番では練習の70%も出来れば上出来の方で、習い始めた頃は余りの出来の悪さに意気消沈していた。しかし慣れとはひどいもので、最近では失敗しても屁とも思わなくなってしまった、とまでは行かないがさほど落ち込むことはなくなった。
 聴きに来る方も、梅田先生にそんな特技があったのかと驚く方が先で、音がはずれても、かすれても、暖かく見守ってくれる(聞き惚れてくれるにあらず)だけ、ということが判ってしまったせいもある。

 演奏会終了後の会場で、診察室では出来ない会話をするのがまた非常に楽しく有益で、そうかこのコミュニケーション促進作用が音楽活動の大きな効用の一つでもあるかと一人納得した。

 少子高齢化が時代のキーワードの一つになって久しいが、明暗取り混ぜてこれに関連する話題を見聞きしない日はない。年金・医療費問題を暗い話題の筆頭だとすると、明るい話題の筆頭は何だろう…。

 メディアは不安を煽り危機感を募らせるのが商売の秘訣のようで明るい話題は少ないが、慎ましくも趣味に打ち込んで定年後の人生を楽しんでいる人の紹介記事やテレビ番組などに触れると少し気持ちは和む。
(イラスト:Yurie Okada)

 定年後の生活を楽しく充実したものにするためには健康であることが必要だが、楽しく充実した趣味の生活が一層健康を増進させるという相乗効果は非常に大きい。

 先日札幌のある楽器店の女主人に聞いたところでは、近頃チェロがよく売れるのだそうだ。買ってゆくのは中年過ぎの女性が多いという。世界最高寿命の日本女性たちに、惚けず、寝たきりにならず心豊かに人生を大いに楽しもうという気運が感じられる。素晴らしいことだ。

 介護保険制度がスタートしてから、地域の要介護審査委員を引き受けているが、介護度が高い人はやはり脳の機能障害を持つ人が多い。積極的にリハビリを行う意欲が無く、やればできことでも人の手を煩わすことに慣れてしまっている人が、急速に心身の機能を低下させてゆく様子もよく分かる。

 脳の機能低下の原因としては血流障害が最も多いが、血流を良好に保つ最良の方法は心身を満遍なく使うことだ。知的作業を含め心身の活動が同時に脳の血流を増大させることは、MRIその他の最新検査機器で証明済みだ。

    【関西ジャーナル
2002年1月25日号掲載

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