第十三回 遺伝子治療の功罪
 「薬」に頼る予防は近視眼的
地球環境を守り、大自然の営みと
調和して生きる姿勢を取り戻したい

 新聞報道(北海道新聞2000年6月10日)によると、日本人糖尿病患者の大半を占める「インシュリン非依存性糖尿病」の発病の原因となる遺伝子が、日本人研究者により発見され、薬でこれを抑える道が開けそうだという。
 人類の飢餓の歴史の記憶を呼び覚ます「倹約遺伝子」だが、飽食時代に突入して、にわかにその働きのマイナス面が現れてきて、現在の糖尿病患者の激増という事態をもたらしている。この厄介な病気が薬を飲むだけで予防できるとなると、患者にとってはもちろん、医者にとっても大いなる福音だ。

 とはいえ薬で病気を治すことの手軽さに慣れてしまうと、きっとまた新たな問題が生じてくる。細菌と抗生物質のイタチごっこみたいなことになりはしないか。あらゆる生物のその身体の内部の仕組みも、また我々が住むこの地球上の自然環境も、極めて多くの現象が相互に影響しあって全体としてのまとまりを作り上げている。
 その一部を薬で変化させれば、次には良きにつけ悪しきにつけ別の反応が起こってくる。そうすればまたそれに対する薬が必要になってくる。かくして永遠にイタチごっこは続くことになる。
 実際、この度発見された遺伝子も、「倹約遺伝子」としての働きの他に血管の機能を正常に保つ作用もあり、この働きを抑えてしまうと体に悪影響が出る恐れも指摘されている。

 21世紀は遺伝子の働きが解明されて、製薬業界は新たな隆盛期を迎えるだろうと言われている。それによって一部の人々は大きな福音を得ることになるだろう。
 しかしこの地球の産み出す経済的価値には限界があるので、それらの福音が地球上のすべての人々が平等に行き渡る可能性は少ない。また人口爆発・食糧不足の問題を視野に入れれば、飽食状態を放置しておいて、糖尿病は薬で予防するという対策が、いかに近視眼的であるかが分かる。
(イラスト:Yurie Okada)

 健康問題は先進国の人々にとって特別な関心の的であるが、一部の人を除いて健康への能動的な取り組みが足りないような気がする。薬一つで当面の問題を解決できればいいではないか。新たな問題が生じたらまた薬が出てくるよ、という楽観的な考えもできないことはない。しかし、どうも小生はそんなに楽観的になれない。
 希望の兆しは見られる。地球環境を守ることが人類の生存にとって極めて重大な条件であるとの認識が、次第に常識として根付き始めている。

 最近、食問題を考えるグループの活動家から機関誌を頂いた。玄米を中心とする雑穀を主食とし肉食を避けることで、種々の健康問題と地球環境問題の同時解決を提唱している。牛肉の増産のために森林を破壊するばかりでなく、肉を多食することによって健康を損なうような愚を、繁殖力の強い雑穀を増産し主食とすることで避けることができるのと主張が見られた。
 それほど単純な問題ではないことは単純な小生でも分かっているが、現代文明のもたらす様々な副作用を、大自然の営みと調和して生きる姿勢を取り戻すことで予防していこうとする、その能動的な考え方に共鳴した。

    【関西ジャーナル
2000年6月25日号掲載
  

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