第十回 姿勢に現れる健康状態
 日本人の体質に重大な変化
子供たちの生活環境見直しが必要
物質文明から抜け出して心の平安を


(イラスト:Yurie Okada)

 昨秋、奈良で整形外科学会があり、休憩時に訪れた東大寺でたまたま見学実習と思われる小学生の一団と遭遇した。
 中肉中背の小生を軽くしのぐほど背の伸びた女の子の、長い脚を見てびっくりした。まるで今にも折れそうな、小枝のような脚だ。この子は特別なのかなと、他の子に目を移してまたびっくりした。同じく今にも折れそうな脚をしているではないか。
 何か日本人の体質に重大な変化が起こっているような、得体の知れぬ不安に襲われてぞっとした。子供たちの生活環境を、食生活を含めて根本的に見直さねばならぬ時だと思った。老人問題よりこちらの方が重大問題だとさえ思った。

 たまたまその日、ホテルで見たテレビの健康番組で、ある大学の整形外科の先生が話していた。日本人の姿勢が悪くなっているそうだ。整形外科的に原因を説明すると、急激に身長が伸びたのにも関わらず、それを支える筋肉の力が不足しているからだと言う。

 子供たちの生活環境の変化は、特に大都会で激しいようだ。最近のニュースで驚かされたのは、東京の2歳児の「お受験」だ。三つ子の魂百までとは昔から言われてきたことで、その正しさは最新の脳研究の成果からも裏付けられつつあるようだが、2歳から「お受験」では逞しい魂など育つわけがない。
 また肉体労働で汗を流す快感を忘れた生活環境では、大きな筋肉を持った頑丈な体格は望むべくもない。

 小生の町に「北海道家庭学校」という伝統ある少年院がある。この学校のモットーは「流汗悟道」だ。この言葉が好きだ。非行少年だったわけではないが、自分の体験からその正しさが直感的に分かる。額に汗して働くことで、肉体も精神も鍛えられるのだ。
 子育てのストレスが核家族で孤立しがちな若い母親に集中し、幼児虐待などの問題を起こしているのも文明国共通の特徴だ。人生の先輩たる親とは同居することを拒否して核家族を望みながら、肝心の個人主義が未熟で自らの生き方を確立できていない人が多いから、周りの人の様子に影響されて右往左往する。
 自分の生き方がしっかりしていないから、他人との関係もうまくいかない。挙げ句の果てに殺人事件じゃ、民主主義・個人主義、個性を大切にすると唱ってきた戦後の義務教育が、掛け声だけに終わっていたとしか思えない。
 こんなモヤシのような人間が人の子の親になっている現実にはぞっとさせられる。「親があっても子は育つ」のだが…。

 荒々しい自然の中で心身を陶冶し、かつまた自然の美しさに感動するところから強く芯のある人間が形成される。科学も芸術も大自然、大宇宙に想いを馳せて湧き起こる新鮮な感動からしか生まれてこない。
 物質文明はいまや地球環境を破壊するかも知れないほど世界中に拡大してしまった。ほんの少しの不自由さを覚悟して、この余りにも人工的な物質文明から抜け出し大自然の懐に抱かれる時間を持つことが出来れば、心からの平安を覚える瞬間が訪れるはずだ。大人にも子供にも今求められるのは、この心の平安だ。

    【関西ジャーナル
2000年1月25日号掲載
  

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