十三回 「志と信」

  志をたて、信用を得る
  新社会人に贈る言葉

 4月、ビジネス街には若い新社会人の姿が目立つ。それぞれ経営者や上司、先輩から心構えを教えられての門出である。記者にもその時代があったのだが、それから30数年、時にその感動を忘れるわが身を恥じる。そこで、私自身も新社会人の一人に見立て、餞(はなむけ)の言葉を贈る。
(2002年4月25日『関西ジャーナル掲載』)

 最初の言葉は「志」である。最も有名なのは札幌農学校(現北海道大学)の教授だったクラーク博士が、帰任に際して学生たちに贈った「少年よ、大志を抱け」だろう。またわれわれの子供の頃には「末は博士か、大臣か」の言葉も生きていた。大きく立派に育って欲しいという親の願いだ。
 抱くなら大きな志にこしたことはない。だがその志を人生の目標、あるいはターゲットと置き換えれば、必ずしもその内容にこだわる必要はない。ある特定時期の小さな目標でもよい。とにかく常に目標・志を持ち、その実現に向かって努力することが大事なのだ。

 東京ドームなどの大型膜面構造物を手がけ、この分野の世界最大企業を作り上げた太陽工業の能村龍太郎会長も「日本一に…」「世界一に…」と常に夢を抱き、その実現に猛進して来られた。いわゆる志である。
 だから若い社員にはいつも「とにかく志を持ちなさい」と訴える。そして時に「志なきものは人間にあらず」と厳しく叱声する。その能村さんに「どのようにして若い社員の志を引き出すのですか」とお聞きしたことがある。
 「人に言われて生まれるものではない。ただ、何でもいいから趣味を持っている人は、その趣味を通じて目標を立て、志を誘導する形を学ぶことができる」

 私が教えを請う関西師友協会の豊田良平副会長は、元京都大学総長で医学者の故平澤興先生の語録をしばしば引用される。
「目標がなければ忍耐がない。目標がないと何事も成し得ない。目標がないものは病気も治せぬ。苦労しても目標を持っている間は人間が光っている」
 そしてこの平澤語録に重ねて豊田さんは仰る。
 「出来ないのは出来るまでやらないから出来ないだけなんです。それにはターゲット、目標がないといけない。ターゲットが高いと、人生常に精進できる。ターゲットのない者は存在価値がない。目標のない者は何もできない。ターゲットのない者は情熱がない」
 「絶えず心にわが理想像、ターゲットを持つことです。それは1月の目標、1年の目標であり、人生の目標です。そして今日は何をしようという1日の目標がないといけない。毎日、理想があれば生き生きします」

 さて次の言葉は「信用と信頼」である。志の実現に向け努力する時、そのほとんどが自分一人では成し遂げられない。当然、周りの色々な人たちとの人間関係の中で実現する。先のお2人も同じことを言われる。
 能村さんはかつて専門学校の入学式に招かれ、「志を持ちなさい」と訓示し、次のように語りかけた。「しかし、ひとりでは何もできません。親や友達、先生や先輩たちに教えられ、支えられて、それぞれの志が実現する。その時に最も必要なものは信用を得るということです」
 「その信用はどうしたら得られるか。基本は約束を守るということです。例えば時間の約束を守ることは誰でも出来ることですが、その積み重ねが、彼は時間にきちっとしている、という評価を生み、信用を高める。まず時間の約束を守ることから心がけて下さい」

 また豊田さんもこう言われる。
 「信は人間万事の根本です。人に信用されようと思えば、守るべきことは人の悪口を言わないことです。人の美点と長所を見て賞賛させていただき、感謝することを実践することです。相手の長所を見て誉めることが信頼の初めです。信頼されることは信頼すると言うことです。信頼されるためには先ず相手を信頼することです」
 「人を信頼するためには、その根本に自らを信頼すると言うことがなければなりません。つまり自信です。自分を信じることが出来て、はじめて他を信じることが出来る。自ら信じることは万事の根本です」

 私が22年前に独立したとき、豊田さんに餞の言葉をいただいた。「先ず信用です。信用を得れば、何でも出来る。お金も後からついてくる」と。しかしなお、お金には恵まれない。まだまだ得た信用が薄いのだろうか・・・。

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